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ヒロヤマガタ シルクスクリーン 1995 そよ風に乗って

 制作年 1995年  技法 シルクスクリーン  絵サイズ 縦61X横76cm  絵の状態 良  好  限定 460部  サイン ヒロヤマガタ 鉛筆サイン  額サイズ 縦94.1X横107.2cm  額の仕様 白光沢縁  マット 白紙マット  額の状態 新  品 格安卸価格税込75,600円 注意書き:モニター発色の具合により色合いが異なる場合がございます。 ヒロヤマガタ年譜 1948 5月30日滋賀県米原市に材木屋の父のもと6人姉弟の    3番目として産まれる1955 米原町立醒井小学校(現米原市立河南小学校)に入学1972 五海祐治、崔洋一、篠毅らと共同で「JIM」を渋谷に    設立    恋人を追いかけミラノへ渡るが実らずその後パリへ渡    り定住1973 パリの画廊と契約    ウィーンで初の個展を開催    以後、ロサンゼルスへ移住するまでパリを拠点に様々    なサロンへ出展すると同時に、ヨーロッパ各地で個展    を開催1974 レーザーを使ったインスタレーションをパリ市内の劇    場で初めて実施する1978 ロサンゼルスのマーチンローレンス画廊と契約してロ    サンゼルスに移住    版画的技法のシルクスクリーンで、100色以上もの色を    散りばめた鮮やかな多色作風により、一躍その名を馳    せる1983 「エア・ショー」が、レーガン大統領が名誉会長であった    人類飛行200周年記念財団の公式ポスターに選ばれる。    後に「ヤマガタ・ブルー」と称される鮮やかな青色の世    界を確立 1984 ロサンゼルス市観光誘致キャンペーン公式作品を制作    ロードアイランド州が9月21日を「ヒロ・ヤマガタの日」    に定め、同州のウォリック市より名誉市民の称号が贈    られる    東京で初の個展が開催される1986 ロサンゼルス市名誉市民に選ばれる    レーガン大統領の依頼で「自由の女神100周年記念」のため    の公式作品を制作    エドワード・ケネディ議員の呼びかけでケネディ財団主催    のアートを通じた障害者支援チャリティープロジェクト    「ベリー・スペシャ・アーツ」に参加    東京、大阪、名古屋、横浜、福岡で巡回展を開催1987 ヤマガタ財団設立    ケネディ財団と共同で身体障害者のチャリティイベン    トを開催    「自選山形博導画集」が出版1988 「オーストラリア建国記念」「エッフェル塔100周年」等    の公式作品、レーガン大統領肖像画を制作    ジャック・ニクラスと共同でゴルフシリーズ開始1989 東京、静岡、名古屋、大阪で巡回展を開催    エリザベス・テイラーとの友情を通じてアメリカン・フ    ァンデーション・オブ・エイズ・リサーチへの寄付を    開始    サンフランシスコ地震被災者救済のために「ファイア    ー・ワークス」の全売上を赤十字社へ寄付1990 アーノルド・シュワルツェネッガーがテキストを書い    た英語版画集「YAMAGATA」が出版される    「アメリカ移民200周年」、ベルリンの「フリーダム・    キャンペーン」公式作品を制作    メキシコシティ国立美術館で個展開催1991 「コロンブス新大陸発見500年記念」、世界陸上の公式    作品を制作1992 バルセロナ・オリンピックの公式作品を制作    米国ウォルト・ディズニーアートクラシックインクと    契約    金閣寺をモチーフに、京都「遷都1200年祭」の公式作品    を制作    障害を持つ人々の芸術活動の振興を行う国際組織「ベ    リー・スペシャル・アーツ」に600万ドルを寄付1993 ジーン・ケネディ・スミスと共に「ベリー・スペシャル・    アーツのインターナショナル・アート・フェステバルに    参加(ブリュッセル)    ジャック・ニクラスと共同でゴルフシ新シリーズの制    作を発表     エイズ・チャリティー・イベントのため来日1994 アレン・ギンズバーグらとビート・ジェネレーション    に関するドキュメンタリー映画制作の企画を開始    美しい自然のイメージをメルセデス・ベンツのヴィン     テージ・カーに描き出し「アースリーパラダイス」と    してロサンゼルス市立美術館で発表    なお、「アースリーパラダイス」は美術評論家サム・    ハンターによる命名である    また、同展のためにアレン・ギンズバーグが「ヒロ・    ヤマガタの聖霊20世紀の自動車」と題する文章を寄稿1995 米国オリンピック委員会の依頼でアトランタ・オリン    ピック全種目の作品を制作。同年「アースリーパラダ    イス」展を箱根、ヴェネツィア(アレン・ギンズバー    グとの合同展)、モンテカルロ、モンテカティーニ、    トリノにて開催1996 「アースリーパラダイス」展をシカゴで開催    カール16世グスタフ・スウェーデン国王に招かれ「アー    スリーパラダイス」展をストックホルムで開催1997 「アースリーパラダイス」展をカッセル(デニス・ホッパ    ーとの合同展)、ウィーンにて開催    「エタニティー・オア・ファット」展をロサンゼルスの    フレッド・ホフマン・ファイン・アート・ギャラリーシカ    ゴART1997で開催    アカデミー賞授賞式にて「アースリーパラダイス」の    イメージとレーザーインスタレーションのコラボレー    ションを発表    ホワイトハウスからの依頼で、アメリカ合衆国憲法制     定200周年記念の作品「ウィ・ザ・ピープル」を制作    同作品のシルクスクリーンは記念の豪華装丁本に納め    られ、全世界のアメリカ合衆国大使館に配布された1998 「アースリーパラダイス」展をローマで開催    レーザーインスタレーション「スカルプター・オブ・     ライト」展をLAファーストストリート橋にて開催    日本の心をテーマにした「日本のエッセンス」の制作    を開始    作画を担当した80円切手「おもちゃのチャチャチャ」が    郵政省より発行1999 「アメリカン・リップス」展をニューヨークのマルボロ    ギャラリーで開催    レーザーインスタレーション「ローマイヤーライツ」    をローマイヤー彫刻美術館(ミズーリ州セントルイス)    にて開催    米国ホワイトハウス設立200周年記念の公式作品制作    テレビ朝日の番組取材でチベット(ピヤトンガ遺跡)    を初めて訪れる 2000 シンシナティ現代美術センター(英語版)で開催され    たレーザーインスタレーショングループ展「アクティ    ブ・ライフ」(オハイオ)に参加    レーザーインスタレーション「太陽系インスタレーシ    ョンプロジェクト1」をヤマガタスタジオ(マリブ)で    開催    グラミー財団よりグラミー賞2000年公式アーティスト    に任命される2001 レーザーインスタレーション「NGC6093」をニューヨー    クのエースギャラリーで開催2002 レーザーインスタレーション「クウォンタン・インジ    ェクション」をペパーダイン大学(マリブ)で開催 2003 レーザーインスタレーション「ART宇宙芸術展-ヒロヤ    マガタとNASAの世界」を横浜国際客船ターミナル大桟    橋ホールで開催    レーザーインスタレーション「スーパーノヴァ3」展を    COSIコロンバス科学博物館(オハイオ州)で開催    「サンクトペテルブルク市政300周年記念イベント-音    と光の夜」(ロシア)にレーザーインスタレーションで    参加    「ヒロ・ヤマガタ原画」展を沖縄で開催 2004 レーザーインスタレーション「クウォンタン・フィール    ドX3」をグッゲンハイム美術館ビルバオ(スペイン)    にて開催2005 アフガニスタンのバーミヤーン仏教遺跡にて、破壊さ    れた大石仏像を復活させる試みとして、大掛かりなレ    ーザー光線でそのイメージを取り戻すと言う過去最大    規模のレーザーインスタレーション構想を発表    「アース・ウォーター・ファイアー・エアー・フェス    ティバル」(南アフリカ・ケープタウン)にレーザー    インスタレーションで参加2006 ペインティング作品「エアー」展をロサンゼルスのトー    ランス・アート・ミュージアムで開催    空間に鮮烈に描き出してきたレーザーインスタレーシ    ョンのパターンが、巨大なスケールのキャンバスにペ     インティングとして再構築されている    インスタレーション「スカルプター・オブ・ライト」を    BUSCHLEN MOWATT GALLERIES(パームデザート)    で開催2007 ペインティング作品「トランシエント」展をロサンゼ    ルスのゲーリー・パートナーズにて開催    巨大キャンバスに貼られた皺交じりの和紙に描き出さ    れた水墨の濃淡な世界ヒロヤマガタそよ風に乗って 色彩の魔術師、ポップでカラフルな 色調で世界を魅了するヒロヤマガタ

版画 -> シルクスクリーン

ボンコンパン アネモネの花束 油彩15号

 作家名 ピエール ボンコンパン  技法 キャンバスに油彩  絵サイズ 15号(縦65X横54cm)  絵の状態 良  好  額サイズ 縦86.8X横76cm  サイン ボンコンパン油彩筆サイン  額の仕様 黒金装飾額縁  マット ベージュ布マット  額の状態 ほぼ良好 格安卸価格税込496,800円 注意書き:モニター発色の具合により色合いが異なる場合がございます。 ボンコンパン年譜(1938- ) 1938 フランス、ドローム県ヴァランス市に生まれる 1958 パリ国立装飾美術学校首席入学     コンセイユジェネラル賞受賞     初個展開催     パリに住み、アトリエシャルパンティエに通う 1960 サロン・ドートンヌに出品 1961 パリ国立美術学校に入学 1962 東京にてグループ展<今日の具象展>開催     フロリダのジュアレーズ画廊にて個展開催 1964 パリ、ベルネイム・ジューヌ画廊にて「女性の美     と魅力展」に出品     アラン・オリビエ劇団のために装飾、コスチュ     ームを担当     ベルギー・オランダに旅行 1965 現代国際具象展出品     パリ、ギオ画廊、シカゴ、マーシャル画廊にて     個展開催     最初のリトグラフをアトリエ・デジョベールで     制作 1966 現代版画展に出品     東京現代国際具象展出品 1970 クリティック賞受賞     パリ近代美術館からシャルルパックマン賞受賞 1972 イタリア、ローマに滞在 1973 パリ画廊にて、ブラジリエ、カトランらと共に     グループ展開催 1974 グラネ美術館での第3回国際プロヴァンス絵画     ビエンナーレ展出品 1976 リヨン、ヘレン画廊にて個展開催     最初のニューヨーク旅行     アトリエ・ムルローにてリトグラフ制作 1977 ヴァランス美術館にて個展開催     文化使節の特派としてインドに3週間派遣さ     れる 1978 ニューヨーク、ダビットフィンドレイ画廊にて     個展開催     パリ、アートフランス画廊にて個展開催     ニューヨークとワシントンに滞在 1979 パリ、マティニオン画廊でギヤマン、ブラジリエ     ミノー、カトラン、コタボ、ジャンセンらと    「花」グループ展開催     アートフランス出版社から「ボンコンパン    100のデッサン」を出版 1981 ベルギー、BP画廊で、ダリ、マックス・エルンスト     、ランオコイ、マグリット、アガムらとグル     ープ展開催 1982 ローザンヌ、ベルフォンティーヌ画廊にて個展     開催     チューリッヒ、クンスティーブ画廊にて個展     開催 1983 ミュールーズ、ギャラリー・マルバッシュにて     個展開催 1984 パリ、アートフランス画廊にて個展開催 1986 ベルフォンティーヌ出版社から画集出版 1989 来日、東京銀座アートセンター、京都アートセン     ターにて個展開催 1990 フランス、シュノンソー城にて個展 1992 東京銀座アートセンターにて全版画展     パリ国立図書館「ボナールからバゼリッツまで     」展出品     大阪 高島屋、京都アートセンター、東京、東急     百貨店美術画廊にて個展     香港 ギャラリーワティスにて個展 1993 パリ、アートフランス画廊にてタペストリ展     ヴァランス美術館にて回顧展     東京 Bunkamuraギャラリーにて個展     フランス、エミリアニ画廊にて個展 1994 パリ、アートフランス画廊にて個展 1995 ロンドン、ブルトン画廊にて個展     パリ Point JAL、フランス、プレイアド画廊に     て個展     東京 スパイラルギャラリーにて個展     フランス、サッシミリチ画廊にて陶芸展 1996 ロンドン、ブルトン画廊、ニューヨーク、ハー     マー画廊にて個展     京都にて個展、以後、東京、高松、名古屋、     横浜にて巡回展 1997 リヨン、オーディトリアムにてタピストリ展     オランダ、シンガー美術館、ロンドン ブルトン     画廊にて個展     京都にて個展 1998 フランス、パレ・カルノレス美術館、パリ、アート     フランス画廊にて個展     大阪ナビオ美術館にて個展     来日、京都にて個展、東京、高松、福岡、大阪     にて巡回展 2002 上海美術館にて画業40周年回顧展開催ボンコンパンアネモネの花束 油彩15号 アネモネやチューリップに代表される花を中心に麦畑や 海辺などの風景、女性など、幅広いモチーフを、鮮やか な色彩と自由でのびやかな線で表現するボンコンパン

絵画 -> 油彩画

中島千波 リトグラフ 1993年 かとれあ

 作家名 中島千波  制作年 1993年  技法 リトグラフ  絵サイズ 縦45.2X横60.2cm  絵の状態 良  好  額サイズ 縦64.8X横79.3cm  額の状態 ほぼ良好  限定 200部  サイン 中島千波鉛筆サイン  落款 千波印  額の仕様 金日本画額縁  マット 灰色布マット 格安卸価格税込69,120円 注意書き:モニター発色の具合により色合いが異なる場合がございます。 中島千波年譜(1945- ) 1945 日本画家中島清之の三男として、長野県小布施     町に生まれる 1948 神奈川県横浜市に帰郷 1969 東京藝術大学日本画科卒業     第54回院展初入選     第四回神奈川県展にて受賞 1971 東京藝術大学大学院修了大学院を修了     第1回山種美術館賞展出品     日本美術院院友推挙 1974 現代日本美術選抜展に「草の主」が選抜出品     栃木県立美術館に収蔵される 1979 第5回山種美術館賞展で「衆生・視」優秀賞受賞 1980 第6回山種美術館賞展招待     第二回日本秀作美術館展に選抜出品 1983 裸体画100年の歩み展に出品 1984 横の会結成に参加     (以後、平成5年の最終回まで出品) 1985 東京セントラル美術館第一回日本画裸婦大賞展大賞受賞     津島佑子の小説『夜の光に追われて』挿絵制作 1986 「戦後生まれの作家たち」に出品     現代日本美術の動勢-絵画PART1に出品 1987 NHKテレビ『きょうの料理』のテキスト表紙絵を制作     戸板康二『食卓の微笑』の挿絵を制作 1988 宮尾登美子の小説『きのね』の挿絵を制作 1989 ベルギー・ユーロバリア’89・ジャパン現代日本画展に出品 1990 国際花と緑の展覧会に「御車返の桜」を出品     横浜三渓谷臨春閣襖絵「不二と桃花図」「松林図」完成     日本美術院特待となる    「中島千波展」開催(日本橋・高島屋) 1991 第46回春の院展奨励賞受賞     第76回院展奨励賞受賞 1992 長野県に「おぶせミュージアム・中島千波館」開館     永井路子の小説『姫の戦国』の挿絵を制作 1993 横浜にて中島千波展開催 1994 鎌倉鶴が岡八幡宮 斎官貴賓室床の間壁画完成披露    〈日和麗麗孔雀の図〉     東京芸術大学助教授となる     歌舞伎座の筋書表紙絵を1年間制作     中島千波「裸婦とデッサン」展開催     小布施中学校鳳凰アリーナ緞帳「北信秋果豊穣」が完成 1995 歌舞伎座緞帳「淡紅白梅図」が完成     「ひと はな いのちのフォルム」中島千波展をパリにて開催     四曲半双屏風「身延山枝垂桜」を制作 1996 日本橋三越本店にてパリ展の帰国記念展開催     四曲半双屏風「天龍寺の枝垂桜」制作     NHK教育テレビ「連画-アトリエを飛び出した画家たち」に参加     伊藤彬,中野嘉之,林功とグループ「目」結成,第一回展開催     パリ展帰国記念「中島千波展」開催    (小布施、東京、京都などを巡回) 1997 「中島千波の花宴展」を京都・東京で開催     おぶせミュージアム開館5周年記念「中島千波 富士」展開催 1998 「花と富士 中島千波屏風絵展」を東京で開催     「中島千波の花宴」展が、京都、東京を巡回     日本美術院退会、無所属となる 1999 「中島千波屏風絵展〈花と富士〉」開催     宮尾登美子の小説『宮尾本平家物語』挿絵を制作     (~2003) 2000 東京藝術大学美術学部教授に就任    「日本画の100年」展に「坪井の枝垂桜」を出品    「中島千波 日本画とデッサン展」開催 2001 深川不動尊内仏殿格天井画の原画完成、奉納     日本画入門「木のかたち、人のかたち」展開催     成田山東京別院深川不動内仏殿の建立を記念した     天井画の原画を完成     中島千波「平家物語」挿絵展-白虎之巻-開催    「デザインの風」展に「坪井の枝垂桜」を出品 2002 NHK教育テレビ番組趣味悠々「日本画基礎講座 花を描く」     の講師を務める     CAMK流現代「日本画」の精華展に「一心行の桜」が     招待出品される     おぶせミュージアム開館10周年記念「絵師・中島千波の世界     展」開催 2003 NHKテレビ「日本のうた絵巻 ふるさとの春 中島千波」出演     「美術館からこんにちは-中島千波 人へのまなざし展」 2004 深川不動堂の内仏殿格天井画<大日如来蓮池図>完成    『NHK趣味の園芸テキスト』の表紙絵を担当制作     想-願-祈 中島千波・天井画を描く展」開催     奈良県・當麻寺中之坊客段絵天井の寄進を呼びかけ     「夜桜」「白牡丹」奉納 2005 「花の心を描く 中島千波屏風の世界展」開催     (日本橋三越)(~2006) 2007 東京芸術大学創立120周年記念企画日本美術「今」展開催 2008 花がたり-中島千波展-おもちゃシリーズ(高島屋各店舗) 2010 中島千波の花菖蒲の世界展〈平成花菖蒲〉    (日本橋・三越本店新館)     四曲七隻屏風「神池花菖蒲」が披露された    (福岡、松山、高松三越巡回)     第15回21世紀の目展〈目―それぞれのかたち〉    (日本橋・高島屋ほか巡回) 2011 NHKBSプレミアム「旅のチカラ」「まぼろしの牡丹 中国・玉龍     雪山」の取材のため中国雲南省・玉龍雪山を訪れる     中野嘉之 畠中光享と共に公募グループ展「Artist Group風」     を立ち上げる 2012 第1回「Artist Group風」(東京都美術館)     中島千波展宮尾本「平家物語」の挿画と花々の宴    (ウッドワン美術館)     おぶせミュージアム・中島千波館開館二十周年記念    「横浜美術館所蔵作品による中島千波・清之親子展」     東京藝術大学退官展(東京藝術大学美術館)中島千波 かとれあ 桜の美に魅せられ、その姿を色鮮やかに表現し続ける日本画家

版画 -> 石版画(リトグラフ)

ジャン ジャンセン 日よけ帽子 リトグラフ 1985

 作家名 ジャン ジャンセン  制作年 1985  技法 リトグラフ  絵サイズ 縦71.5X横52cm  絵の状態 良  好  額サイズ 縦95.2X横73.3cm  額の状態 僅かに傷有  限定 EA(通常限定80部)  サイン ジャンセン鉛筆サイン  額の仕様 金額縁  マット 白紙マット 格安卸価格税込89,640円 注意書き:モニター発色の具合により色合いが異なる場合がございます。 ジャン ジャンセン年譜(1920-2013) 1920 アナトリア北西部の町ススルルク(Susurluk)     において、製糸工場を営んでいたアルメニア     人の父(ミリ・ジャン)とトルコ人の母(アレッ     ク)の間に誕生     戦渦を逃れて渡ったギリシャのサロニカで少     年時代を過ごす 1931 一家でフランスに渡る     怪我の治療で入院していた3年間のなかで、画家     になる決心をする 1938 パリ装飾美術学校を卒業     モンパルナスのグランド・シュミエール等様々     なアトリエで絵の勉強をする 1939 サロン・ドートンヌ展、アンデパンダン展、サロン     ・デ・チュイルリー展、エコール・ド・パリ展、時代     の証人画家展に出品する(-1946) 1942 結婚、ギリシャで漁師と子供達を描く 1946 アカデミー・グラン・シュミエールに通い様々     な画家との親交を深める(-1948) 1951 ポピュリッツ賞受賞     スペインで民衆を描く 1953 アントラル賞受賞 1954 フランス国家給費奨学金を受ける 1956 定期的にイタリアに長期滞在し、風景画・人物     画・宗教行列・市場を描く 1958 サロン・デ・ジューヌ・バンチュール(青年     絵画展)の会長に推される      サロン・ドートンヌの会員となる     メキシコのコンパレゾン賞受賞 1959 ブルッヘのビエンナーレ展に参加 1960 以後フランス、アメリカ、イタリア、スイス、     英国等で個展、国際的に活躍の場を広げる 1964 本格的にリトグラフの制作を手掛ける 1966 ヴェネツィアを訪れ運河を描く     国際形象展から招待出品を受ける     以後も最終回となる1986年まで21回招待出品 1967 パリ、パームビーチ、シカゴ、東京、ヨハネス     ブルグ、大阪、アントニー等で「ベニス展」     「ダンス展」「闘牛展」「デッサン展」「過ぎ去っ     た時展」「風景展」 「イタリアの風景展」「仮面     舞踏会展」「マスク展」 「回顧展」「石版画展」     「宗教行列展」「パステル・グワッシュ・デッサン     展」「カーニバル展」等を開催     モーリス・ガルニエ画廊で「ヴェニス」展 1969 モーリス・ガルニエ画廊で「ダンス」展     東京の三越で初の個展     さいたま市、安曇野市に作品を常設展示する     美術館設立 1971 モーリス・ガルニエ画廊で「闘牛」展 1973 モーリス・ガルニエ画廊で「人物と構図」展 1975 モーリス・ガルニエ画廊で「時の流れ」展 1977 モーリス・ガルニエ画廊で「イタリアの風景」展 1978 ギャラリー・マティニオンで「マスカレード」展 1979 ザ・エペラッド・レード・ギャラリーで回顧展    (ヨハネスバーグ) 1980 ギャラリー・マティニオンで「仮面シリーズ」展 1984 ジャンセンカタログレゾネが出版される    (フランコニー社刊) 1996 安曇野ジャンセン美術館、大丸ミュージアム、     ナビオ美術館で回顧展開催    「愛と哀しみを描いて60年」展開催 1999 安曇野ジャンセン美術館で特別展    「風景と静物画展」「花と踊り子展」を開催 2000 ギャラリーマティンオンで「My tholigies」     展開催     東京にジャンセン美術館設立     安曇野ジャンセン美術館で特別展    「デッサン展-65年のあゆみ-」を開催 2002 アルメニアアに招待を受け、アルメニア正教会の     成立1700年を記念し同国立館にて大々的に「虐     殺展」開催     アルメニア国家勲章を受章    (カラヤン、シラク仏大統領に続き三人目) 2003 フランス国家勲章、レジオン・ド・ヌール勲章     受章 2013 8月27日、フランスにて逝去 享年93歳ジャン ジャンセン日よけ帽子 卓越したデッサン力で、繊細な描写表現と華麗に して落ち着きのある色彩で人間の内面や現代の苦 悩を強い描線で描く、魂の画家ジャン ジャンセン

版画 -> 石版画(リトグラフ)

ジル ゴリチ コートダジュール 油彩10号

 作家名 ジル・ゴリチ  技法 キャンバスに油彩  絵サイズ 10号(縦55X横46cm)  絵の状態 良  好  額サイズ 縦75X横66cm  サイン ゴリチ油彩筆サイン  額の仕様 黒金装飾額縁  マット 麻布マット  額の状態 新  品 格安卸価格税込199,800円 注意書き:モニター発色の具合により色合いが異なる場合がございます。 ジル ゴリチ年譜(1938-2019) 1938 ポールアイズピリの長男としてパリに生まれる 1955 グランドショミール・ジュリアン教室にて学ぶ 1956 アントラル賞展に出品     モルヴァル画廊にて個展 1957 青年絵画展に出品     サロン・ドートンヌの会員となる 1958 ギャルリ・ぺトリデスにてグループ展参加    (59・62)     フェリス賞を受賞 1962 青年絵画展入選 1965 この年より、東京・国際形象展出品 1971 ギャルリ・ジュルネにて個展 1976 パリ・サロン・ドートンヌ展出品 1978 ギャラリーためなが東京で初個展     以来日本での評価が高まる 1981 父・アイズピリとともに来日 1983 アメリカ、ウォリー・フィンドレーギャラリー     パリ支店にて個展を開催     引き続き、アメリカ各地(ニューヨーク、シカゴ、     ロスアンジェルス、パームビーチ)同ギャラリー     にて個展を開催 1986 再来日 2012 フランス・Musee Guetharyにてジル・ゴリチ展     開催 2019 1月16日、逝去。享年79歳     葬儀は21日パリ・ノートルダムデション教会     にて行わたれ、モンパルナス墓地に埋葬されたジル ゴリチコートダジュール 油彩10号 明るく鮮やかな色彩で花々をリズミカ ルでダイナミックな筆致で描くゴリチ

絵画 -> 油彩画

小泉淳作 泰山木の花 銅版画

 作家名 小泉淳作  技法 銅 版 画  絵サイズ 縦55.5X横40.5cm  絵の状態 良  好  額サイズ 縦82X横65.4cm  額の状態 ほぼ良好  限定 80部  サイン 小泉淳作鉛筆サイン  サイン 朱落款  額の仕様 燻し金額装  マット ベージュ紙マット 格安卸価格税込99,360円 注意書き:モニター発色の具合により色合いが異なる場合がございます。 小泉淳作年譜(1924-2012) 1924 10月26日、神奈川県鎌倉に生まれる 1929 実母 ふみ亡くなる 1931 慶応義塾幼稚舎入学 1937 父小泉三申 66歳で亡くなる     世田谷野沢町に転居(その後24歳まで居住) 1941 慶応義塾大学文学部予科入学 1942 常岡文亀(東京美術学校教諭)に師事 1943 慶応大学文学部予科(仏文)中退     東京美術学校日本画科入学 1944 学徒出陣により応集、前橋の予備士官学校へ 1945 肺病にかかり自宅療養を命じられる     伊豆で療養生活中に終戦 1948 闘病生活を終え、東京美術学校日本画科に復学 1952 東京美術学校日本画科卒業 1954 中山黎子と杉並区阿佐ヶ谷にて結婚生活を始める     第18回新制作展に初入選「花火」「床屋にて」 1955 新制作協会第19回展に「群衆」「道」出品、入選     第一子誕生 1956 新制作協会第20回展に「休日」「ちんどんや」が入選 1958 新制作協会第22回展に「牛と人」「記念撮影」が入選     鎌倉に転居 1959 新制作協会第23回展に「食べる人達」を出品、入選 1960 新制作協会第24回展に「ヨットの街」「サーカスの     幻想」が入選 1961 新制作協会第25回展に「憩う人」が入選 1962 新制作協会日本画部春季展に「二つの顔」「箱を作     る人」が入選 1963 新制作協会第27回展に「閑なグループ」が入選     陶芸を手掛け始める 1964 新制作協会第28回展に「魚の市」が入選     第二子誕生 1968 新制作協会第29回展に「舟のある人物」が入選 1969 京橋・中央公論画廊にて初の個展     この頃雅号を淳から本名の淳作に変更 1970 新制作協会第34回展に「動かない牛」が入選 1971 新制作協会第35回展に「山のつどい」が入選 1972 小泉淳作展(銀座・彩壺堂) 1973 新制作協会第37回展に「伊豆の山」が入選     この年の石油危機を境に、生活の手段であった     デザインの仕事がほとんど無くなり、陶芸によ     る収入に依る割合が増加 1974 第一回創画展に「雨後」出品、入選 1975 小泉淳作展(銀座・東京セントラルサロン) 1976 第3回創画展に「植樹の山」出品、入選     以降出品せず、鎌倉にて初の陶芸展 1977 山種美術館賞優秀賞受賞「奥伊豆風景」     小泉淳作展(日本橋高島屋美術画廊)     「山を切る道」が文化庁買い上げとなる 1978 『朝日ジャーナル』連載小説 辻邦夫『樹の声     海の声』の挿絵を担当開始 1981 小泉淳作展(日本橋高島屋美術画廊)    『樹の声海の声』連載終了 1984 小泉淳作展(ギャラリー上田・銀座) 1986 小泉淳作展(フジヰ画廊・銀座)    『日本経済新聞』に「唐・宋山水画十選」執筆 1987 『日本経済新聞』に「宋画・動物十選」執筆 1988 小泉淳作展(ギャラリー上田・銀座)    『アトリエからの眺め』(築地書館)刊行 1990 小泉淳作展(フジヰ画廊・銀座)    『小泉淳作画集』(求龍堂)刊行 1992 小泉淳作展(日本橋高島屋) 1994 小泉淳作展(一番星画廊・日本橋) 1995 妻黎子逝去     日本橋・壺中居にて陶芸展     酒田・本間美術館にて「小泉淳作展」開催 1996 「小泉淳作展」開催     鎌倉市中央公民館市民ギャラリー 1997 小泉淳作展(横浜そごう) 1998 『アトリエの窓から』(講談社)刊行 1999 小泉淳作展(日本橋三越)     浄土宗大本山増上寺天井絵「泰山木」制作 2000 鎌倉・建長寺法塔天井画「雲龍図」完成     東京・横河電機本社にて公開 2001 東京ステーションギャラリーにて初の回顧展開催     第50回神奈川文化賞受賞 2002 京都建仁寺にて双龍図の開眼法要     鎌倉建長寺にて雲龍図の開眼法要     北海道中札内村に小泉淳作美術館開館    『小泉淳作作品集』(講談社)刊行 2004 鎌倉芸術館ギャラリー小泉淳作展「ひとり行く道」     第14回岡田茂吉賞絵画部門大賞受賞 2005 小泉淳作展(日本橋高島屋) 2006 奈良・東大寺に「聖武天皇・光明皇后御影」奉納 2008 『随想』(文芸春秋)刊行 2010 奈良・東大寺本坊の襖絵全40面完成、奉納     日本橋高島屋他にて「平安遷都1300年 光明皇后     1250年御遠忌     東大寺本坊襖絵完成記念小泉淳作展」開催 2011 『日本経済新聞』文化欄の「私の履歴書」執筆     尾道市立美術館にて「小泉淳作展・中札内美術村・     小泉淳作美術館コレクション」 2012 1月9日、肺炎のため横浜市内の病院にて逝去     享年87歳小泉淳作 泰山木の花 鎌倉・建長寺法堂の天井画雲龍図、京都・建仁寺天井画 双龍図、そして5年の歳月をかけて完成した奈良・東大 寺本坊の襖絵全40図など、既成の画壇から一線を画し 独自の画風で活躍している孤高の日本画家小泉淳作  

版画 -> 銅版画(エッチング)

ヒロヤマガタ シルクスクリーン 1989 夏の終わり

 作家名 ヒロヤマガタ(山形博導)  制作年 1989年  技法 シルクスクリーン  絵サイズ 縦73.6X横54.7cm  絵の状態 良  好  限定 295部  サイン 鉛筆サイン  額サイズ 縦102.3X横82cm  額の仕様 白光沢額縁  マット 白布マット  額の状態 新  品 格安卸価格税込69,120円 注意書き:モニター発色の具合により色合いが異なる場合がございます。 ヒロヤマガタ年譜 1948 5月30日滋賀県米原市に材木屋の父のもと6人姉弟の    3番目として産まれる1955 米原町立醒井小学校(現米原市立河南小学校)に入学1972 五海祐治、崔洋一、篠毅らと共同で「JIM」を渋谷に    設立    恋人を追いかけミラノへ渡るが実らずその後パリへ渡    り定住1973 パリの画廊と契約    ウィーンで初の個展を開催    以後、ロサンゼルスへ移住するまでパリを拠点に様々    なサロンへ出展すると同時に、ヨーロッパ各地で個展    を開催1974 レーザーを使ったインスタレーションをパリ市内の劇    場で初めて実施する1978 ロサンゼルスのマーチンローレンス画廊と契約してロ    サンゼルスに移住    版画的技法のシルクスクリーンで、100色以上もの色を    散りばめた鮮やかな多色作風により、一躍その名を馳    せる1983 「エア・ショー」が、レーガン大統領が名誉会長であった    人類飛行200周年記念財団の公式ポスターに選ばれる。    後に「ヤマガタ・ブルー」と称される鮮やかな青色の世    界を確立 1984 ロサンゼルス市観光誘致キャンペーン公式作品を制作    ロードアイランド州が9月21日を「ヒロ・ヤマガタの日」    に定め、同州のウォリック市より名誉市民の称号が贈    られる    東京で初の個展が開催される1986 ロサンゼルス市名誉市民に選ばれる    レーガン大統領の依頼で「自由の女神100周年記念」のため    の公式作品を制作    エドワード・ケネディ議員の呼びかけでケネディ財団主催    のアートを通じた障害者支援チャリティープロジェクト    「ベリー・スペシャ・アーツ」に参加    東京、大阪、名古屋、横浜、福岡で巡回展を開催1987 ヤマガタ財団設立    ケネディ財団と共同で身体障害者のチャリティイベン    トを開催    「自選山形博導画集」が出版1988 「オーストラリア建国記念」「エッフェル塔100周年」等    の公式作品、レーガン大統領肖像画を制作    ジャック・ニクラスと共同でゴルフシリーズ開始1989 東京、静岡、名古屋、大阪で巡回展を開催    エリザベス・テイラーとの友情を通じてアメリカン・フ    ァンデーション・オブ・エイズ・リサーチへの寄付を    開始    サンフランシスコ地震被災者救済のために「ファイア    ー・ワークス」の全売上を赤十字社へ寄付1990 アーノルド・シュワルツェネッガーがテキストを書い    た英語版画集「YAMAGATA」が出版される    「アメリカ移民200周年」、ベルリンの「フリーダム・    キャンペーン」公式作品を制作    メキシコシティ国立美術館で個展開催1991 「コロンブス新大陸発見500年記念」、世界陸上の公式    作品を制作1992 バルセロナ・オリンピックの公式作品を制作    米国ウォルト・ディズニーアートクラシックインクと    契約    金閣寺をモチーフに、京都「遷都1200年祭」の公式作品    を制作    障害を持つ人々の芸術活動の振興を行う国際組織「ベ    リー・スペシャル・アーツ」に600万ドルを寄付1993 ジーン・ケネディ・スミスと共に「ベリー・スペシャル・    アーツのインターナショナル・アート・フェステバルに    参加(ブリュッセル)    ジャック・ニクラスと共同でゴルフシ新シリーズの制    作を発表     エイズ・チャリティー・イベントのため来日1994 アレン・ギンズバーグらとビート・ジェネレーション    に関するドキュメンタリー映画制作の企画を開始    美しい自然のイメージをメルセデス・ベンツのヴィン     テージ・カーに描き出し「アースリーパラダイス」と    してロサンゼルス市立美術館で発表    なお、「アースリーパラダイス」は美術評論家サム・    ハンターによる命名である    また、同展のためにアレン・ギンズバーグが「ヒロ・    ヤマガタの聖霊20世紀の自動車」と題する文章を寄稿1995 米国オリンピック委員会の依頼でアトランタ・オリン    ピック全種目の作品を制作。同年「アースリーパラダ    イス」展を箱根、ヴェネツィア(アレン・ギンズバー    グとの合同展)、モンテカルロ、モンテカティーニ、    トリノにて開催1996 「アースリーパラダイス」展をシカゴで開催    カール16世グスタフ・スウェーデン国王に招かれ「アー    スリーパラダイス」展をストックホルムで開催1997 「アースリーパラダイス」展をカッセル(デニス・ホッパ    ーとの合同展)、ウィーンにて開催    「エタニティー・オア・ファット」展をロサンゼルスの    フレッド・ホフマン・ファイン・アート・ギャラリーシカ    ゴART1997で開催    アカデミー賞授賞式にて「アースリーパラダイス」の    イメージとレーザーインスタレーションのコラボレー    ションを発表    ホワイトハウスからの依頼で、アメリカ合衆国憲法制     定200周年記念の作品「ウィ・ザ・ピープル」を制作    同作品のシルクスクリーンは記念の豪華装丁本に納め    られ、全世界のアメリカ合衆国大使館に配布された1998 「アースリーパラダイス」展をローマで開催    レーザーインスタレーション「スカルプター・オブ・     ライト」展をLAファーストストリート橋にて開催    日本の心をテーマにした「日本のエッセンス」の制作    を開始    作画を担当した80円切手「おもちゃのチャチャチャ」が    郵政省より発行1999 「アメリカン・リップス」展をニューヨークのマルボロ    ギャラリーで開催    レーザーインスタレーション「ローマイヤーライツ」    をローマイヤー彫刻美術館(ミズーリ州セントルイス)    にて開催    米国ホワイトハウス設立200周年記念の公式作品制作    テレビ朝日の番組取材でチベット(ピヤトンガ遺跡)    を初めて訪れる 2000 シンシナティ現代美術センター(英語版)で開催され    たレーザーインスタレーショングループ展「アクティ    ブ・ライフ」(オハイオ)に参加    レーザーインスタレーション「太陽系インスタレーシ    ョンプロジェクト1」をヤマガタスタジオ(マリブ)で    開催    グラミー財団よりグラミー賞2000年公式アーティスト    に任命される2001 レーザーインスタレーション「NGC6093」をニューヨー    クのエースギャラリーで開催2002 レーザーインスタレーション「クウォンタン・インジ    ェクション」をペパーダイン大学(マリブ)で開催 2003 レーザーインスタレーション「ART宇宙芸術展-ヒロヤ    マガタとNASAの世界」を横浜国際客船ターミナル大桟    橋ホールで開催    レーザーインスタレーション「スーパーノヴァ3」展を    COSIコロンバス科学博物館(オハイオ州)で開催    「サンクトペテルブルク市政300周年記念イベント-音    と光の夜」(ロシア)にレーザーインスタレーションで    参加    「ヒロ・ヤマガタ原画」展を沖縄で開催 2004 レーザーインスタレーション「クウォンタン・フィール    ドX3」をグッゲンハイム美術館ビルバオ(スペイン)    にて開催2005 アフガニスタンのバーミヤーン仏教遺跡にて、破壊さ    れた大石仏像を復活させる試みとして、大掛かりなレ    ーザー光線でそのイメージを取り戻すと言う過去最大    規模のレーザーインスタレーション構想を発表    「アース・ウォーター・ファイアー・エアー・フェス    ティバル」(南アフリカ・ケープタウン)にレーザー    インスタレーションで参加2006 ペインティング作品「エアー」展をロサンゼルスのトー    ランス・アート・ミュージアムで開催    空間に鮮烈に描き出してきたレーザーインスタレーシ    ョンのパターンが、巨大なスケールのキャンバスにペ     インティングとして再構築されている    インスタレーション「スカルプター・オブ・ライト」を    BUSCHLEN MOWATT GALLERIES(パームデザート)    で開催2007 ペインティング作品「トランシエント」展をロサンゼ    ルスのゲーリー・パートナーズにて開催    巨大キャンバスに貼られた皺交じりの和紙に描き出さ    れた水墨の濃淡な世界ヒロヤマガタ夏の終わり 色彩の魔術師、ポップでカラフルな 色調で世界を魅了するヒロヤマガタ

版画 -> シルクスクリーン

南桂子 飛翔(夕) 銅版画 1981

 作家名 南桂子  制作年 1981  技法 エッチング  絵サイズ 縦36X横29cm  絵の状態 良  好  額サイズ 縦59.7X横49.1cm  額の状態 ほぼ良好  限定 EA  サイン 南桂子鉛筆サイン  額の仕様 焦げ茶色装飾額縁  マット 白紙マット 格安卸価格税込118,800円 注意書き:モニター発色の具合により色合いが異なる場合がございます。 南桂子年譜(1911-2004) 1911 2月12日富山県高岡市に生まれる     女学校在学中より歌や詩をつくり、絵を描く 1928 高岡高等女学校を卒業     終戦後、東京に定住     壷井栄氏について童話を学ぶ     森芳雄氏に油絵を学ぶ     浜口陽三氏に出会い版画の世界を学ぶ 1950 自由美術家協会展JAN(ジュール・アルティスト・ヌウ゛ォ)     日本版画協会展に出品 1953 渡仏、パリに在住(-1982) 1554 フリードランデルの版画研究所に入り、アクア     チントを学ぶ 1955 パリ・アンデパンダン展出品    (版画作品がパリ市買上げ)     フリードランデル研究所をやめる 1957 NY近代美術館で、版画作品「羊飼いの少女」がクリ     スマスカードとなる 1958 版画作品「平和の木」が、ユニセフのクリスマス     カードとなる 1960 東京で個展     「フリードランデル・浜口陽三・南桂子展」出品    (神奈川県立近代美術館) 1965 リュブリアナ国際版画ビエンナーレ展出品 1972 「ヨーロッパの日本作家展」出品    (京都国立近代美術館) 1982 サンフランシスコに移住 1990 「南桂子展」(高岡市立美術館) 1996 帰国 2003 「浜口陽三・南桂子展」(練馬区立美術館) 2004 12月1日逝去 2005 「南桂子 追悼展」    (ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション)南桂子 飛翔(夕) 未来と幼い記憶を結ぶ不思議な空間を夢 想的で詩情豊かな銅版画を描いた南桂子

版画 -> 銅版画(エッチング)

中村正義 林 パステル8号

 作家名 中村正義  技法 パステル  絵サイズ 8号(縦33X横44cm)  絵の状態 良  好  額サイズ 縦51.5X横62.6cm  額の状態 若干傷有  サイン 中村正義鉛筆サイン  額の仕様 金装飾額装  マット ベージュ布マット 格安卸価格税込99,360円 注意書き:モニター発色の具合により色合いが異なる場合がございます。 中村正義年譜(1924-1977) 1924 愛知県豊橋市に生まれる 1940 病身にため豊橋市立商業学校を中退 1946 中村岳陵に師事、日展初入選 1950 第6回日展に「谿泉」を出品、特選となる     (豊橋市美術博物館蔵) 1952 「女人」で特選を受賞するが肺結核のため     1957年まで制作活動を中断する 1960 第3回新日展の審査員となる 1961 川崎市細山に転居     蒼野社をやめ日展を脱退する 1963 個展「男と女」を開催(上野松坂屋・名古屋丸栄)     従来の画風を脱した野心作30 点を発表する 1964 映画[怪談](小林正樹監督)の為[源平海戦絵巻]     5部作(国立近代美術館蔵)制作 1966 個展「顔の自伝」(日本画廊)開催 1967 直腸癌の手術を受ける 1969 個展「太陽と月のシリーズ」 (銀座三越)開催 1970 写楽研究の成果「写楽」(ノーベル書房)を出版     東京造形大学の日本画講師となる 1974 人人会を結成     第1回人人展(日本橋三越)開催 1975 東京展市民会議を創設、事務局長として奔走     第一回東京展(都美術館)開催 1977 4月16日肺癌のため死去 享52才 1980 NHK日曜美術館「私と中村正義」放映     「異端の天才画家 中村正義」展開催     (豊橋市美術博物館)    『中村正義画集』(講談社)刊行 1983 「反骨・奔走の偉材 中村正義」展開催     (神奈川県立近代美術館) 1988 川崎市の自宅を美術館としてオープン 1993 NHK日曜美術館「現代日本画の出発中村正義」     放映 1997 「没後20年-中村正義」展開催(豊橋市美術     博物館、川崎市市民ミュージアム、新潟美術館) 1998 中村正義美術館10周年記念として[創造は醜     なり]刊行(中村正義著/美術出版社) 1999 NHK新日曜美術館「拝啓中村正義さま」放映 2005 TV東京 美の巨人たち「00枚の自画像」放映 2011 所在不明になっていた作品も含めた「中村正義     展」開催(名古屋市美術館)中村正義 林 パステル8号 美術界に巣食う古い権威や権力に反逆の狼煙 をあげ、新しき真の創造を掲げて疾風のよう に時代を駆け抜けた一人の天才画家中村正義

絵画 -> 水彩画

ヒロヤマガタ シルクスクリーン 1999 かまくら 日本のエッセンス

 作家名 ヒロヤマガタ(山形博導)  制作年 1999年  技法 シルクスクリーン  絵サイズ 縦30.5X横30.5cm  絵の状態 良  好  限定 CE 180部  サイン 鉛筆サイン  額サイズ 縦69X横68cm  額の仕様 白光沢額縁  マット 白紙マット  額の状態 新  品 格安卸価格税込54,000円 注意書き:モニター発色の具合により色合いが異なる場合がございます。 新品額装してお届けしますので12日程納品にお時間を頂きます ヒロヤマガタ年譜 1948 5月30日滋賀県米原市に材木屋の父のもと6人姉弟の    3番目として産まれる1955 米原町立醒井小学校(現米原市立河南小学校)に入学1972 五海祐治、崔洋一、篠毅らと共同で「JIM」を渋谷に    設立    恋人を追いかけミラノへ渡るが実らずその後パリへ渡    り定住1973 パリの画廊と契約    ウィーンで初の個展を開催    以後、ロサンゼルスへ移住するまでパリを拠点に様々    なサロンへ出展すると同時に、ヨーロッパ各地で個展    を開催1974 レーザーを使ったインスタレーションをパリ市内の劇    場で初めて実施する1978 ロサンゼルスのマーチンローレンス画廊と契約してロ    サンゼルスに移住    版画的技法のシルクスクリーンで、100色以上もの色を    散りばめた鮮やかな多色作風により、一躍その名を馳    せる1983 「エア・ショー」が、レーガン大統領が名誉会長であった    人類飛行200周年記念財団の公式ポスターに選ばれる。    後に「ヤマガタ・ブルー」と称される鮮やかな青色の世    界を確立 1984 ロサンゼルス市観光誘致キャンペーン公式作品を制作    ロードアイランド州が9月21日を「ヒロ・ヤマガタの日」    に定め、同州のウォリック市より名誉市民の称号が贈    られる    東京で初の個展が開催される1986 ロサンゼルス市名誉市民に選ばれる    レーガン大統領の依頼で「自由の女神100周年記念」のため    の公式作品を制作    エドワード・ケネディ議員の呼びかけでケネディ財団主催    のアートを通じた障害者支援チャリティープロジェクト    「ベリー・スペシャ・アーツ」に参加    東京、大阪、名古屋、横浜、福岡で巡回展を開催1987 ヤマガタ財団設立    ケネディ財団と共同で身体障害者のチャリティイベン    トを開催    「自選山形博導画集」が出版1988 「オーストラリア建国記念」「エッフェル塔100周年」等    の公式作品、レーガン大統領肖像画を制作    ジャック・ニクラスと共同でゴルフシリーズ開始1989 東京、静岡、名古屋、大阪で巡回展を開催    エリザベス・テイラーとの友情を通じてアメリカン・フ    ァンデーション・オブ・エイズ・リサーチへの寄付を    開始    サンフランシスコ地震被災者救済のために「ファイア    ー・ワークス」の全売上を赤十字社へ寄付1990 アーノルド・シュワルツェネッガーがテキストを書い    た英語版画集「YAMAGATA」が出版される    「アメリカ移民200周年」、ベルリンの「フリーダム・    キャンペーン」公式作品を制作    メキシコシティ国立美術館で個展開催1991 「コロンブス新大陸発見500年記念」、世界陸上の公式    作品を制作1992 バルセロナ・オリンピックの公式作品を制作    米国ウォルト・ディズニーアートクラシックインクと    契約    金閣寺をモチーフに、京都「遷都1200年祭」の公式作品    を制作    障害を持つ人々の芸術活動の振興を行う国際組織「ベ    リー・スペシャル・アーツ」に600万ドルを寄付1993 ジーン・ケネディ・スミスと共に「ベリー・スペシャル・    アーツのインターナショナル・アート・フェステバルに    参加(ブリュッセル)    ジャック・ニクラスと共同でゴルフシ新シリーズの制    作を発表     エイズ・チャリティー・イベントのため来日1994 アレン・ギンズバーグらとビート・ジェネレーション    に関するドキュメンタリー映画制作の企画を開始    美しい自然のイメージをメルセデス・ベンツのヴィン     テージ・カーに描き出し「アースリーパラダイス」と    してロサンゼルス市立美術館で発表    なお、「アースリーパラダイス」は美術評論家サム・    ハンターによる命名である    また、同展のためにアレン・ギンズバーグが「ヒロ・    ヤマガタの聖霊20世紀の自動車」と題する文章を寄稿1995 米国オリンピック委員会の依頼でアトランタ・オリン    ピック全種目の作品を制作。同年「アースリーパラダ    イス」展を箱根、ヴェネツィア(アレン・ギンズバー    グとの合同展)、モンテカルロ、モンテカティーニ、    トリノにて開催1996 「アースリーパラダイス」展をシカゴで開催    カール16世グスタフ・スウェーデン国王に招かれ「アー    スリーパラダイス」展をストックホルムで開催1997 「アースリーパラダイス」展をカッセル(デニス・ホッパ    ーとの合同展)、ウィーンにて開催    「エタニティー・オア・ファット」展をロサンゼルスの    フレッド・ホフマン・ファイン・アート・ギャラリーシカ    ゴART1997で開催    アカデミー賞授賞式にて「アースリーパラダイス」の    イメージとレーザーインスタレーションのコラボレー    ションを発表    ホワイトハウスからの依頼で、アメリカ合衆国憲法制     定200周年記念の作品「ウィ・ザ・ピープル」を制作    同作品のシルクスクリーンは記念の豪華装丁本に納め    られ、全世界のアメリカ合衆国大使館に配布された1998 「アースリーパラダイス」展をローマで開催    レーザーインスタレーション「スカルプター・オブ・     ライト」展をLAファーストストリート橋にて開催    日本の心をテーマにした「日本のエッセンス」の制作    を開始    作画を担当した80円切手「おもちゃのチャチャチャ」が    郵政省より発行1999 「アメリカン・リップス」展をニューヨークのマルボロ    ギャラリーで開催    レーザーインスタレーション「ローマイヤーライツ」    をローマイヤー彫刻美術館(ミズーリ州セントルイス)    にて開催    米国ホワイトハウス設立200周年記念の公式作品制作    テレビ朝日の番組取材でチベット(ピヤトンガ遺跡)    を初めて訪れる 2000 シンシナティ現代美術センター(英語版)で開催され    たレーザーインスタレーショングループ展「アクティ    ブ・ライフ」(オハイオ)に参加    レーザーインスタレーション「太陽系インスタレーシ    ョンプロジェクト1」をヤマガタスタジオ(マリブ)で    開催    グラミー財団よりグラミー賞2000年公式アーティスト    に任命される2001 レーザーインスタレーション「NGC6093」をニューヨー    クのエースギャラリーで開催2002 レーザーインスタレーション「クウォンタン・インジ    ェクション」をペパーダイン大学(マリブ)で開催 2003 レーザーインスタレーション「ART宇宙芸術展-ヒロヤ    マガタとNASAの世界」を横浜国際客船ターミナル大桟    橋ホールで開催    レーザーインスタレーション「スーパーノヴァ3」展を    COSIコロンバス科学博物館(オハイオ州)で開催    「サンクトペテルブルク市政300周年記念イベント-音    と光の夜」(ロシア)にレーザーインスタレーションで    参加    「ヒロ・ヤマガタ原画」展を沖縄で開催 2004 レーザーインスタレーション「クウォンタン・フィール    ドX3」をグッゲンハイム美術館ビルバオ(スペイン)    にて開催2005 アフガニスタンのバーミヤーン仏教遺跡にて、破壊さ    れた大石仏像を復活させる試みとして、大掛かりなレ    ーザー光線でそのイメージを取り戻すと言う過去最大    規模のレーザーインスタレーション構想を発表    「アース・ウォーター・ファイアー・エアー・フェス    ティバル」(南アフリカ・ケープタウン)にレーザー    インスタレーションで参加2006 ペインティング作品「エアー」展をロサンゼルスのトー    ランス・アート・ミュージアムで開催    空間に鮮烈に描き出してきたレーザーインスタレーシ    ョンのパターンが、巨大なスケールのキャンバスにペ     インティングとして再構築されている    インスタレーション「スカルプター・オブ・ライト」を    BUSCHLEN MOWATT GALLERIES(パームデザート)    で開催2007 ペインティング作品「トランシエント」展をロサンゼ    ルスのゲーリー・パートナーズにて開催    巨大キャンバスに貼られた皺交じりの和紙に描き出さ    れた水墨の濃淡な世界ヒロヤマガタかまくら(日本のエッセンス) 色彩の魔術師、ポップでカラフルな 色調で世界を魅了するヒロヤマガタ 新品額装してお届けしますので12日程納品にお時間を頂きます

版画 -> シルクスクリーン

中島千波 リトグラフ 1997年 額味彩

 作家名 中島千波  制作年 1997年  技法 リトグラフ  絵サイズ 縦35.8X横46cm  絵の状態 良  好  額サイズ 縦59X横68.5cm  額の状態 ほぼ良好  限定 380部  サイン 中島千波鉛筆サイン  落款 千波印  額の仕様 金木生地日本画額縁  マット グレー光沢布マット 格安卸価格税込79,920円 注意書き:モニター発色の具合により色合いが異なる場合がございます。 中島千波年譜(1945- ) 1945 日本画家中島清之の三男として、長野県小布施     町に生まれる 1948 神奈川県横浜市に帰郷 1969 東京藝術大学日本画科卒業     第54回院展初入選     第四回神奈川県展にて受賞 1971 東京藝術大学大学院修了大学院を修了     第1回山種美術館賞展出品     日本美術院院友推挙 1974 現代日本美術選抜展に「草の主」が選抜出品     栃木県立美術館に収蔵される 1979 第5回山種美術館賞展で「衆生・視」優秀賞受賞 1980 第6回山種美術館賞展招待     第二回日本秀作美術館展に選抜出品 1983 裸体画100年の歩み展に出品 1984 横の会結成に参加     (以後、平成5年の最終回まで出品) 1985 東京セントラル美術館第一回日本画裸婦大賞展大賞受賞     津島佑子の小説『夜の光に追われて』挿絵制作 1986 「戦後生まれの作家たち」に出品     現代日本美術の動勢-絵画PART1に出品 1987 NHKテレビ『きょうの料理』のテキスト表紙絵を制作     戸板康二『食卓の微笑』の挿絵を制作 1988 宮尾登美子の小説『きのね』の挿絵を制作 1989 ベルギー・ユーロバリア’89・ジャパン現代日本画展に出品 1990 国際花と緑の展覧会に「御車返の桜」を出品     横浜三渓谷臨春閣襖絵「不二と桃花図」「松林図」完成     日本美術院特待となる    「中島千波展」開催(日本橋・高島屋) 1991 第46回春の院展奨励賞受賞     第76回院展奨励賞受賞 1992 長野県に「おぶせミュージアム・中島千波館」開館     永井路子の小説『姫の戦国』の挿絵を制作 1993 横浜にて中島千波展開催 1994 鎌倉鶴が岡八幡宮 斎官貴賓室床の間壁画完成披露    〈日和麗麗孔雀の図〉     東京芸術大学助教授となる     歌舞伎座の筋書表紙絵を1年間制作     中島千波「裸婦とデッサン」展開催     小布施中学校鳳凰アリーナ緞帳「北信秋果豊穣」が完成 1995 歌舞伎座緞帳「淡紅白梅図」が完成     「ひと はな いのちのフォルム」中島千波展をパリにて開催     四曲半双屏風「身延山枝垂桜」を制作 1996 日本橋三越本店にてパリ展の帰国記念展開催     四曲半双屏風「天龍寺の枝垂桜」制作     NHK教育テレビ「連画-アトリエを飛び出した画家たち」に参加     伊藤彬,中野嘉之,林功とグループ「目」結成,第一回展開催     パリ展帰国記念「中島千波展」開催    (小布施、東京、京都などを巡回) 1997 「中島千波の花宴展」を京都・東京で開催     おぶせミュージアム開館5周年記念「中島千波 富士」展開催 1998 「花と富士 中島千波屏風絵展」を東京で開催     「中島千波の花宴」展が、京都、東京を巡回     日本美術院退会、無所属となる 1999 「中島千波屏風絵展〈花と富士〉」開催     宮尾登美子の小説『宮尾本平家物語』挿絵を制作     (~2003) 2000 東京藝術大学美術学部教授に就任    「日本画の100年」展に「坪井の枝垂桜」を出品    「中島千波 日本画とデッサン展」開催 2001 深川不動尊内仏殿格天井画の原画完成、奉納     日本画入門「木のかたち、人のかたち」展開催     成田山東京別院深川不動内仏殿の建立を記念した     天井画の原画を完成     中島千波「平家物語」挿絵展-白虎之巻-開催    「デザインの風」展に「坪井の枝垂桜」を出品 2002 NHK教育テレビ番組趣味悠々「日本画基礎講座 花を描く」     の講師を務める     CAMK流現代「日本画」の精華展に「一心行の桜」が     招待出品される     おぶせミュージアム開館10周年記念「絵師・中島千波の世界     展」開催 2003 NHKテレビ「日本のうた絵巻 ふるさとの春 中島千波」出演     「美術館からこんにちは-中島千波 人へのまなざし展」 2004 深川不動堂の内仏殿格天井画<大日如来蓮池図>完成    『NHK趣味の園芸テキスト』の表紙絵を担当制作     想-願-祈 中島千波・天井画を描く展」開催     奈良県・當麻寺中之坊客段絵天井の寄進を呼びかけ     「夜桜」「白牡丹」奉納 2005 「花の心を描く 中島千波屏風の世界展」開催     (日本橋三越)(~2006) 2007 東京芸術大学創立120周年記念企画日本美術「今」展開催 2008 花がたり-中島千波展-おもちゃシリーズ(高島屋各店舗) 2010 中島千波の花菖蒲の世界展〈平成花菖蒲〉    (日本橋・三越本店新館)     四曲七隻屏風「神池花菖蒲」が披露された    (福岡、松山、高松三越巡回)     第15回21世紀の目展〈目―それぞれのかたち〉    (日本橋・高島屋ほか巡回) 2011 NHKBSプレミアム「旅のチカラ」「まぼろしの牡丹 中国・玉龍     雪山」の取材のため中国雲南省・玉龍雪山を訪れる     中野嘉之 畠中光享と共に公募グループ展「Artist Group風」     を立ち上げる 2012 第1回「Artist Group風」(東京都美術館)     中島千波展宮尾本「平家物語」の挿画と花々の宴    (ウッドワン美術館)     おぶせミュージアム・中島千波館開館二十周年記念    「横浜美術館所蔵作品による中島千波・清之親子展」     東京藝術大学退官展(東京藝術大学美術館)中島千波 額味彩 桜の美に魅せられ、その姿を色鮮やかに表現し続ける日本画家

版画 -> 石版画(リトグラフ)

上村松園 娘深雪 シルクスクリーン 上村淳之監修無し

 作家名 上村松園  技法 シルクスクリーン  絵サイズ 縦78X横43cm  絵の状態 良  好  額サイズ 縦97X横61.9cm  額の状態 新  品  限定 250部  落款 朱 落 款  額の仕様 金日本画額縁  マット ベージュ布マット 格安卸価格税込39,960円 注意書き:モニター発色の具合により色合いが異なる場合がございます。 上村松園年譜(1875-1979)1875 4月23日京都市下京区四条通御幸町の葉     茶屋「ちきり屋」の次女として生まれる    (本名:津禰:つね) 1887 京都府画学校入学(現:京都市立芸術大学)     鈴木松年の指導をうける 1888 雅号として「松園」を用いる     鈴木松年の辞職により京都府画学校を退学     し松年塾に入る 1890 第3回内国勧業博覧会に「四季美人図」を出     品、一等褒状受賞(この絵を、来日中のヴィ     クトリア女王の三男アーサー王子が購入し     話題となった) 1893 幸野楳嶺に師事     隣家からの類焼の為、中京区高倉蛸薬師に     転居     市村水香に漢学を学び始める     農商務省より米国シカゴ万国博覧会に「四     季美人」出品 1895 楳嶺の死去にともない、竹内棲鳳(竹内栖     鳳)に師事 1900 第九回日本絵画協会日本美術院連合展で「     花ざかり」が銀牌受賞     パリ万国博覧会に「母子」を出品 1902 嗣了信太郎(松篁)生まれる 1903 茶屋を廃業し、中京区車屋町御池に転居     第五回内国勧業博覧会に「姉妹三人」出品 1907 文展(文部省美術展覧会)が開設され、第     一回展に「長夜」出品 1909 青木嵩山堂から「松園美人画譜」を出版     第十四回新古美術品展に「虫の音」出品 1911 ローマ万国博覧会に「上苑賞秋」「人形づ     かい」(旧作)出品 1914 間之町竹屋町に画室を竣工     初世金剛巌に謡曲を習い始める 1916 文展永久無鑑査となる     第十回文展に「月蝕の宵」出品 1918 先師・鈴木松年死去     第十一回文展出品 1924 第六回帝展審査員となる 1930 徳川喜久子姫・高松宮家御興入御依頼画「春     秋」制作     ローマ日本美術展に「伊勢大輔」出品 1931 ベルリン日本美術展に「虫干」出品     ドイツ政府の希望により同作品を国立美術     館に寄贈赤十字賞受賞 1934 第15回帝展に「母子」出品     大礼記念京都美術展に「青眉」出品     帝展参与となる     母・仲子死去 1935 竹内栖鳳、土田麦僊ら十七名によるグルー     プ春虹会に参加     第一回展に「天保歌妓」を出品     第一回三越日本画展に「鴛鴦髷」出品 1936 新文展(文部省美術展覧会)の招待展に「序     の舞」出品     第二回春虹展に「春宵」を出品 1940 ニューヨーク万国博覧会に「鼓の音」出品     第六回珊々会展に「若葉」出品 1941 帝国芸術院会員となる     第四回文展に「晴日」出品     三谷十糸子と中国に旅行 1944 帝室技芸員に就任 1945 奈良県生駒郡平城の松篁の画室である唳禽     荘(れいきんそう)に疎開する 1956 第一回日展審査員となる 1948 文化勲章受賞     白寿会展に「庭の雪」出品 1949 8月27日、肺癌により死去     従四位に叙される享年74歳     法名は、寿慶院釋尼松園上村松園 娘深雪上村淳之監修無 真・善・美の極致に達した本格的な美人画  近世初期風俗画や浮世絵など人物表現の伝統 の厚みを受け止める一方で対象の内面や精神 性の表現が追求された近代という時代と向き 合い自身ならではの人物画を模索した画家  この作品を上村淳之は監修しておりません

版画 -> シルクスクリーン

中野嘉之 秋小禽 日本画10M

 作家名 中野嘉之  技法 紙に岩絵の具(日本画)  絵サイズ 10号M(縦53X横33.3cm)  絵の状態 良  好  額サイズ 縦75.7X横55.9cm  額の状態 ほぼ良好  サイン 中野嘉之筆サイン  落款 金落款  額の仕様 木生地金額縁  マット ベージュ布マット 格安卸価格税込199,800円 注意書き:モニター発色の具合により色合いが異なる場合がございます。 中野嘉之年譜(1924-1977) 1946 京都府京都市に生まれる 1967 新制作協会展に初入選 1970 多摩美術大学大学院を修了 1972 新制作協会春季展で春季賞を受賞(75年)     新制作協会展で新作家賞を受賞 1975 ―今日の日本画―山種美術館賞展に出品    (79,81,89,91年) 1978 グループ野火展に出品(~87年 村越画廊) 1979 個展(セントラル絵画館) 1980 東京セントラル美術館日本画大賞展で佳作賞受賞     明日の日本画展に出品(~82年) 1981 次代への日本画展出品(~85年 高島屋他) 1982 渡辺信喜・中野嘉之 二人展(北辰画廊) 1983 昭和世代日本画展に出品 1984 個展 グループ“横の会”を結成(~93年)     日本画・その明日への展望展 1986 白黒展-平松礼二・畠中光享・中野嘉之-開催    (セントラルアネックス)     現代日本美術の動勢-絵画PART1-展に出品    (富山県立近代美術館) 1987 個展(セントラル絵画館) 1989 個展-風-(高島屋・東京/京都/大阪/横浜)     ユーロパリア1989ジャパン現代日本画展に出品    (ベルギー) 1990 白と黒の協奏曲に出品(高島屋東京店)     「炎・爽・樹花」三人展-中野嘉之、秋小禽潤一、     平松礼二―    (西武有楽町アート フォーラム)     日本画現代の視覚―その模索と実験―展出品    (新潟市美術館)     現代日本の屏風絵展に出品(ドイツ) 1991 個展―流―    (西武有楽町アートフォーラム)     日本画二人展―岡崎忠雄・中野嘉之    (日本橋三越)     現代日本屏風絵展に出品(ベルギー) 1992 MOA岡田茂吉賞優秀賞を受賞     両洋の眼・現代の絵画展に出品    (97年を除く、~09年)     日本秀作美術展に出品(高島屋東京店他) 1993 個展―金と銀との協奏―(芳山堂) 1994 個展(揺れる幻影)(京都文化博物館)     京都美術文化賞を受賞 1996 個展―風・流・炎―(山中湖高村美術館)     個展―画面に甦る大自然―    (伊香保保科美術館)     個展―季―流転―    (高島屋 東京/京都/大阪/横浜)     第1回 目―それぞれのかたち    (高島屋 東京/京都/大阪/横浜) 1997 日本画の現在 目―それぞれのかたち    (佐倉市立美術館)     個展―それぞれの季―(村越画廊)     個展(箱根・芦ノ湖 成川美術館)     第2回 目―それぞれのかたち    (~10年 高島屋 東京/京都/大阪) 1999 日本画の新世代展’99に出品    (大丸ミュージアム、東京・京都)     個展(熊本岩田屋) 2000 個展(久留米岩田屋)     個展    (高島屋・東京/京都/大阪/横浜/名古屋/岐阜) 2001 日韓現代水墨画展(東京、ソウル) 2002 個展「天・空・水」(山中湖高村美術館)     個展「箱根十題」    (箱根・芦ノ湖 成川美術館)     日韓現代美術展(東京、ソウル) 2003 個展(高島屋 東京/大阪/京都)     日本画に描かれた動物たち展    (茨城県近代美術館) 2004 現代の水墨画2004墨の可能性と新たなる創造    (富山県水墨美術館)     個展(名古屋松坂屋)     個展「天・空・水」    (高島屋・京都/東京/横浜/名古屋/大阪/米子) 2005 平成16年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞記念     中野嘉之展(平塚市美術館) 2006 第15回MOA岡田茂吉賞大賞受賞 2007 高島屋美術部創設百年記念     現代日本画・洋画 名家百画展    (高島屋 東京/京都/名古屋/大阪/横浜)     個展(東邦アート) 2008 SUMI-WASHIの協奏 池崎義男・中野嘉之展    (高島屋新宿店) 2009 個展「京都季行」(箱根・芦ノ湖 成川美術館)中野嘉之秋小禽 日本画10M 男らしい媚態のない美しさを剥き出しにしてきた画家中野嘉之

絵画 -> 日本画






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